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最高裁判所第三小法廷 平成3年(行ツ)50号 判決

茨城県高萩市上手綱朝山三六四一番地一七

上告人

有限会社ミナギ技研

右代表者代表取締役

皆木秀雄

右訴訟代理人弁護士

松田政行

有吉春代

早稲田祐美子

齋藤浩貴

埼玉県深谷市田所町一五番一号

被上告人

株式会社セキネ

右代表者代表取締役

関根弘之

右訴訟代理人弁護士

田倉整

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行ケ)第一八七号審決取消請求事件について、同裁判所が平成二年一二月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松田政行、同有吉春代、同早稲田祐美子、同齋藤浩貴の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 可部恒雄)

(平成三年(行ツ)第五〇号 上告人 有限会社ミナギ技研)

上告代理人松田政行、同有吉春代、同早稲田祐美子、同齋藤浩貴の上告理由

一 原判決には、次のとおり、判決に影響を及ぼすことが明かな法令の違背がある。

(一) 原判決は、

「右事実によれば、両意匠は、上部がほぼ直方体の箱体の上面と前面を開放し、箱体内部に横巾一杯の斜め後方に傾斜する仕切り板を設けて、仕切り板の背面に仕切り板下端の間隔を開閉する調節板と、調節板の中央部に上部にハンドルを備えた調節板作動棒が直立し、正面下部の食餌室には空間を分割する仕切りを設ける点において一致し、本件本意匠は全体が直方体の下方を前方に突出させた変形の箱体であるのに対し引用意匠は全体がほぼ直方体の箱体である点、本件本意匠は上部にハンドルを備えた調節板作動棒の左右に調節板の作動等飼料の調節にかかわるものと思われる装置を備えているのに対し引用意匠はそのような装置が見られない点、本件本意匠の上部の開口部には仕切り棒はなく広く解放されているのに対し引用意匠が上部開口部に二本の仕切り棒を設けている点及び本件意匠が食餌室を三分割しているのに対し引用意匠が四分割している点において両意匠は相違する.

右相違点にかかる全体の形態は各意匠の基本的構成態様であり、かつ、総体としての各意匠の印象の基礎となるもので、意匠の要部に属し、また、上部開口部の態様も、各意匠の看者の注意を惹く部分の態様であり、各意匠の印象を左右するものとして、意匠の要部に属するものと認められる.

以上の事実に基づいて本件本意匠と引用意匠とを対比観察すると、その余の相違点についてはともかく、各意匠の要部に属する前記認定の全体の形態及び上部開口部における相違は、前記認定の一致点に由来する共通の印象を凌駕して、両意匠の看者に別異の視覚による印象を与えるに至っているものと認められる.

したがって、本件本意匠と引用意匠とは類似しているものとは認められない.」(原判決三四丁裏六行目ないし三六丁表二行目)

と言い、また、

「…物品を観察する場合、まず目に付く点は全体の外形であり、全体の外形がその物品の視覚による印象を左右する基本的形態の一つであることは明らかであるから、箱体の全体の形状が養豚用給餌器の用途及び機能から規制されるとしても、両意匠の相違点の判断において、極くありふれたものとして、無視できる程に評価が低くなるとはいえない。」(原判決三六丁表九行目ないし裏四行目)

と言う。

(二)1 しかしながら、一般に意匠の類否を判断するに当たっては、意匠を全体として観察し、意匠を見る者の注意を最も引き易い部分を意匠の要部として把握し、これを観察して一般の需要者が誤認、混同するかどうかという観点からその類否を決するべきものである(東京高裁昭和五二年(行ケ)七八号昭和五三年一一月二八日判決、東京高裁昭和五五年(行ケ)三一六号昭和五九年九月二七日判決)。従って、通常の需要者(すなわち、本件においては養豚業者)が関心をもって観察する部分が意匠の要部となるべきことになる。また、逆に通常の需要者が関心をもたない部分は評価が低くなる。原判決は「物品を観察する場合、まず目に付く点は全体の外形であり、全体の外形がその物品の視覚による印象を左右する基本的形態の一つであることは明らかである」と言うが、これは、意匠の類似の判断の主体が一般の需要者(すなわち本件では養豚業者)であることを忘れた立論である。

2 とすれば、使用上の重要性から、飼料の流出量の調整手段のある上面や、飼料皿のある正面が需要者にとって、関心の高い部分であるところから、よく観察されるところとなり、この部分の形態は高く評価されるべきことになる。養豚業者が養豚用給餌器を見るにあったっては、飼料を無駄なく飼豚に与えることによって、効率よく飼豚を生育させ、養豚業の経費の大半を占める飼料代を削減したいとの要望から、飼料流量の調節装置に最大の関心を寄せるのである.養豚業者の関心の対象は、ほとんどこの一点にかかるものと言ってよい.

本件本意匠では、上面に現れた調整板昇降調整用のハンドルが、養豚用給餌器の飼料流量調節装置において初めてハンドルを用いたという意味で斬新で看者の注意を最も引き易い部分であり、これを意匠の要部として把握すべきである。

3 他方、側面、背面、及び下面は一般の需要者たる養豚業者に関心を持たれない部分なので、それらの部分の形態の評価は低くならざるを得ず、意匠の要部とはならない.

原判決が本件本意匠の要部であると認定したL字状の側面は、本件本意匠の箱体の前面が解放されていることから、前面から見ても気づきにくいものであり、側板のみに現れた形状であって、本件本意匠の要部とはならないのである。

また、同じく引用意匠に現れた上部開口部に二本の仕切棒(原判決では「仕切棒」と呼んでいるが、原判決別紙図面2から窺える機能からして、「補強棒」と呼ぶのが相当であると思われる)を設けている点は、この仕切棒は単なる補強としての意味しか持たないので、看者の注意を引くものではなく、意匠の要部とはなり得ない。

4 前述のとおり、一般に意匠の類否を判断するに当たっては、意匠を見る者の注意を最も引き易い部分を要部として把握し、これを観察して一般の需要者が誤認、混同するかどうかという観点からその類否を決するべきであるが、この場合、意匠に一般にありふれた周知の形状が含まれている場合にはこの部分は、一般の需要者の注意を引くことはないから要部とはなり得ないことは言うまでもない(東京高裁昭和四五年(行ケ)六六号昭和五二年四月一四日判決)。

したがって、本件本意匠に現れた側面がL字状であるということは、養豚用給餌器についてはありふれた形状であるから、意匠の要部とはなり得ない.

養豚用給餌器においてはL字状の側面形態はありふれた形状であることは、原審で提出された甲第七号証(米国WARNER社の昭和四六年六月に印刷発行され、その後本件本意匠登録出願前に頒布されたと認められる「カタログ六七一」)及び甲第九号証(皆木製作所の営業案内で刊行日は不明であるが、皆木製作所は本件本意匠出願以前に有限会社に法人成りしているので本件本意匠出願前に刊行されたものである)から明かである。甲第九号証においては、三頁記載のFREE-FLOW HOG FEEDERSのModel 701' Model 700及びPatio Pig Feeder For Inside or Outside Use'並びに四頁記載のBaby Pig Feederの意匠がそれぞれ側面L字状を示している.また、甲第九号証においては、四頁に種豚、分娩豚房用の給餌器が掲示されており、その意匠は側面L字状をなしている。

このように本件本意匠出願以前に養豚用給餌器においてすでにありふれた形状であったL字状の側面が本件本意匠の要部となることは有り得ない.

(三)1 また、類否の判断の基準を、需要者が誤認、混同するかどうかでなく、創作性の有無に置くとする見解があるが、この見解に立つ場合でも、本件意匠の要部は、上面に現れた調整板昇降調整用のハンドルであり、本件本意匠の側面がL字形であること及び引用意匠の上部開口部に二本の仕切棒が設けられていることは、意匠の要部とはならないことは何ら変わるところはない。

2 類否判断の基準が創作性の有無にあるとするならば、前述のとおり、本件本意匠では、上面に現れた調整板昇降調整用のハンドルが、養豚用給餌器の飼料流量調節装置において初めてハンドルを用いたという意味で斬新で、本件本意匠において創作性を有する要部であると認定できる。

他方、前述のとおり、本件本意匠出願当時、養豚用給餌器において側面L字形の形状はありふれたものであって、創作性はまったくないので、意匠の要部とはなり得ない。また、本件本意匠のその他の部分にも創作性のある新規な部分は存しないのである。

よって、本件本意匠の要部は、上面に現れた調整板昇降調整用のハンドルであると言うことができる。

3 類否判断の基準が創作性の有無にあるとするならば、意匠の構成のうち、意匠にかかる物品の形状、色彩等としてありふれた部分は、その要部にならないと解すべきであるから、本件本意匠と同一の意匠ではなくても、引用意匠が本件本意匠との関係で創作性の認められない意匠すなわち本件本意匠に基づき容易に創作できる意匠であれば、本意匠に類似すると判断される(東京高裁昭和四五年(行ケ)一号昭和四八年五月三一日判決、最高裁昭和四八年(行ツ)八二号昭和五〇年二月二八日判決).

そこで、まず原判決が本件本意匠及び引用意匠の要部として認定した全体の形態及び上部開口部における相違のうち全体の形態についてみるに、引用意匠において用いられている側面長方形の形態は、原判決提出の証拠から明らかなとおり、本件本意匠出願当時、まったくありふれたものであって、側面L字形の形態同様まったく創作性を有しないものであることが明かである.

そして、上部の開口部についてみると、引用意匠の上部開口部に設けられている二本の仕切棒は、単なる補強に過ぎないもので、創作と呼ぶに値するものではない.

右のとおり、原判決が本件本意匠の要部として認定した全体の形態及び上部開口部における相違は、その余の相違部分と同様、本件各意匠を現すべき養豚用給餌器にあっては、何人といえども、特別の考案を要せずして、容易に着想実施し得べきものであり、部分的で軽微な相違に過ぎないものと言うべきである.

(四) 意匠は、物品に化体し物品全体として美感を起こさせるものであるから、その類否の判断は全体観察による総合判断でなければならず、本件本意匠と引用意匠を構成する一部分に軽微な差異があっても、その部分は要部にならない。

そこで、以上述べてきたところを総合考慮するに、類否判断の基準について前述のいずれの考え方を取るにせよ、本件本意匠の要部は上面に現れた調整板昇降調整用のハンドルであり、全体の形態及び上部開口部における相違は、本件本意匠及び引用意匠の要部とはならないので、結局、本件本意匠と引用意匠は類似であると言わなければならないのである。

ところが、原判決は本件本意匠と引用意匠の類否の判断において、右に引用したいくつかの判決からかけはなれて、意匠法における類似概念の法意について考慮することをせず、漫然両意匠の外形の違いを眺めて結論を下してしまったために、外形に現れた本来考慮に値しない側面形状の違いと上部開口部の態様の違いにとらわれて、両意匠が類似しないとの誤った判断を下してしまったのである。

(五) 以上のとおり、原判決の本件本意匠と引用意匠の類否判断の基準は、意匠法の法意に違背するものであり、原判決には意匠法一〇条一項、九条一項の解釈適用を誤った法令違背が存し、これが判決の結果に影響を及ぼすことは明かである.

二 原判決には、理由不備ないしは理由齟齬の違法がある.

(一) 原判決の理由の骨子は次のとおりである.

1 本件審決の理由は次のとおり.

〈1〉 本件登録意匠と引用意匠は類似する.

〈2〉 本件本意匠と引用意匠は類似する。

〈3〉 本意匠登録出願と類似意匠登録出願の間に、引用意匠が存在している場合、引用意匠が本意匠にも類似するときは、当該類似意匠は意匠法第一〇条一項の類似意匠登録を受けることができる。

〈4〉 よって、本件登録意匠は、引用意匠の存在にもかかわらず意匠法一〇条一項の規定に該当し、類似意匠登録を受けることができる.

2 本件審決が本件本意匠と引用意匠は類似するとした判断は誤りであり、本件本意匠と引用意匠は類似しない.

3 よって本件審決を取り消す.

(二) つまり、原判決は本件審決の右1〈1〉ないし〈3〉の前提のうち、〈2〉を否定することによって、本件審決を取り消したものである.

しかしながら、本件審決の前提である右〈1〉及び〈2〉の類否判断は当然に同一の基準に基づいてなされるものであるから、原判決が〈2〉(本件本意匠と引用意匠の類似性)を否定して本件審決を取り消すためには、〈1〉(本件登録意匠と引用意匠の類似性)を否定する結果にならない理由によって、〈2〉(本件本意匠と引用意匠の類似性)を否定しなければならなかったはずである。言い替えれば、原判決の理由に現れた本件本意匠と引用意匠が類似であることを否定する基準を当てはめると、本件登録意匠と引用意匠が類似であることを否定することになってしまうのならば、原判決の理由には不備または齟齬があると言わなければならないのである。

(三) そこで原判決を見るに、原判決は本件本意匠と引用意匠との類似を否定するにあたって、次のように言っている。

「右相違点にかかる全体の形態は各意匠の基本的構成態様であり、かつ、総体としての各意匠の印象の基礎となるもので、意匠の要部に属し、また、上部開口部の態様も、各意匠の看者の注意を惹く部分の態様であり、各意匠の印象を左右するものとして、意匠の要部に属するものと認められる。

以上の事実に基づいて本件本意匠と引用意匠とを対比観察すると、その余の相違点についてはともかく、各意匠の要部に属する前記認定の全体の形態及び上部開口部における相違は、前記認定の一致点に由来する共通の印象を凌駕して、両意匠の看者に別異の視覚による印象を与えるに至っているものと認められる。

したがって、本件本意匠と引用意匠とは類似しているものとは認められない.」(原判決三五丁表一一行目ないし三六丁表二行目)

「本件本意匠と引用意匠とを対比観察すると、…各意匠の要部に属する全体の形態及び上部開口部における相違が、調節板の中央部に上部にハンドルを備えた調節作動棒が直立していることを含む両意匠の一致点に由来する共通の印象を凌駕して、両意匠の看者に別異の印象を与えるに至っているものと認められるものであり、…」(原判決三八丁表二行目ないし八行目)

すなわち、本件本意匠と引用意匠との類似を否定する理由は、各意匠の要部である全体の形態における相違(側面がL字形となっているか否か)及び上部開口部における相違(引用意匠には上部開口部に二本の仕切り棒を設けているのに対し本件本意匠にはこれがない)があるからだとしているのである.

(四) ところが、ここで引用意匠と本件登録意匠を見るに、引用意匠には上部開口部に二本の仕切り棒が設けられているのに対し、本件登録意匠にはこれがないのであり、原判決が本件本意匠と引用意匠の類似を否定した理由をそのままあてはめれば、引用意匠と本件登録意匠は類似していないことになるのである。

(五) したがって、原判決の理由をそのままあてはめれば、そもそも引用意匠は本件登録意匠に類似していないことになるのであるから、引用意匠の存在は、本件登録意匠が意匠法一〇条一項に該当し本件本意匠にのみ類似すると解することに何ら支障をきたすものではない。

(六) 右のとおり、原判決の理由は、本件審決を取り消す理由にはまったくなっていないのであって、民事訴訟法三九五条一項六号に該当する。

三 以上のとおり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明かな法令の違背、及び理由不備または理由齟齬が存し、民事訴訟法三九四条または三九五条一項六号により破棄を免れないものである。

以上

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